||| 研究の背景 |||
古来人間は自らを取り囲む環境に働きかけ、その資源を利用することによって自らの住む地域の開発を行ってきた。人間と環境の働きあい、相互関係は作物や家畜と人間の共生関係である農業によく表されている。
高度成長の始まる1960年に、裏作用のレンゲとタマネギの採種農家に生まれた私は、大学で作物遺伝学を志し、特に作る人と植物との関係を学ぶ在来品種の利用について興味を持った。しかし、遺伝資源の保存と利用には、科学的技術の進歩が不可欠であると共に、そのような科学の進歩が社会や文化という文脈の中で人々の生活の中に翻訳されなければ持続可能なシステムの構築につながらないことにも気づいた。
このため、大学院時代から農業の重要な投入財である種子の社会経済的意味および農業生物多様性資源管理の組織制度について研究を行っている。
||| 研究の枠組み |||
私が研究の対象としている作物遺伝資源は、農業における生物多様性を構成する重要な要素であり、人類の歴史とともに利用されてきたが、近年開発の進行に伴い消失の危機にさらされている。2001年に合意されたFAOによる食糧農業のための植物遺伝資源条約においては、世界中で相互依存性の高い作物遺伝資源の利用促進と利益配分が重要な目的とされている。
作物遺伝資源の場合、産業としての農業による生産性の向上と生産の増大を追求する利用と、途上国の大多数の農民や先進国の条件不利地におけるような生業的な農業による利用とに大きく分けられる。作物遺伝資源を利用した開発を行うには、持続可能な開発の枠組みの中で保全と利用が結合した管理を地域内外のステークホールダーが参画する具体的なしくみを創りだす事が重要である。
||| 研究の成果 |||
農民の参加実践と研究をつないだ例として、私は98年に国際NGOワールドビジョンのルワンダ帰還難民による農村再生プロジェクトに参加した。自分たちが播く種子すらもたずに避難した難民の生活を復興させるために、元々村々で栽培されていた作物の遺伝資源を世界中から取り寄せ、その種子をNGOが配布した。難民にとっては故郷で慣れ親しんだ作物を自らが現地選択で選び、自らの生き方を取り戻すことのできる援助であった。
他にも、農民による利用を通じた参加型により作物遺伝資源管理と農村開発を促進する多様な介在組織の存在を明らかにしてきた。具体的には、会員組織の市民団体として、地域内で失われつつある遺伝資源の収集保全を行うと同時に、すでに地域から失われた遺伝資源をジーンバンクから再導入し、増殖と配布を行っているアイルランドのシードセイバーズや、近代的育種を念頭においたインフラ施設が、地域農民と直接連携する機会が与えられたときに、地方品種の地域内における新しい利活用に貢献できることが明らかになった広島県農業ジーンバンクなどである。
ネパールにおいては、国際植物遺伝資源研究所とネパール農業研究会議の共同研究に参画し、ソバ属3種の変異の農民にとっての意味づけに関する調査研究を行い、生産性以外の農民にとっての作物選択の要素を実証した。
農民に必要な技術開発を助長する協力の側面からは、植物遺伝資源に関する国際技術協力の主要な実施機関であるドイツ技術協力公社(GTZ)と我が国の国際協力事業団(JICA)が実施する協力の内容を比較分析し、特にGTZが研究協力においても参加型開発の手法を取り入れていることを示した。
従来のジーンバンクのインフラ整備中心の協力から、多様なステークホールダーのインセンティブを利用した参加型の農業農村開発へと転換させている。このステークホールダーは農民と研究者のほか、政治家や消費者までを含むすべての遺伝資源に関わる者となっている。
参加型開発を取り入れることによって、従来は科学者が中心になって実施してきた遺伝資源管理事業に、農民が単なる受益者としてではなく、協働の参画者として加わるようになった。また、科学技術の卓越性が無条件に受け入れられる前提から、農民の知恵や価値の把握の重要性が外部からの介入者にも理解されるようになった。
以上のような事例分析を通じて、現在構築されつつある植物遺伝資源のグローバルシステムの中で、開発途上地域や条件不利地における農民のエンパワーメントを通じた作物遺伝資源の利用による非金銭的利益配分を実現する技術協力のあり方を提言し(学位請求論文)、その概要は「作物遺伝資源の農民参加型管理」(農山漁村文化協会)として出版した。この研究を三井物産環境基金の助成を受け発展させた結果は「生物多様性の育む食と農」(コモンズ)として、共同研究者らとともに出版した。
さらに、地域資源の住民による主体的利用と内発的発展一般についての研究を「地域文化開発論」と命名し発表している。
||| 今後の研究の方向 |||
グローバルシステムを実現するには、オプション価値を重視するような従来の近代育種による金銭的利益配分と、農民が自らの意思で必要な作物の遺伝資源の利用ができるようなローカルなプロジェクトをファシリテートする非金銭的利益配分であるノンフォーマルシステムとの両方が必要であると考えている。
その中で、私は後者に力点をおいて研究を続けていきたいと考えている。国家レベルでの食糧の増産技術は水や土壌の条件の恵まれた地域で開発することが望ましいが、多くの途上国では必ずしも条件の良くないところでの食糧生産の向上及びリスクの分散を図る必要が大きい。
今後開発途上国を始め、先進国を含めた条件不利地等において食料主権に根ざした、持続的かつ参加型の食料生産が展開するには、作物生産に関わる全ての人が利用できる技術・制度の開発・整備が重要であり、個々の農民およびその社会が受容できる 技術開発の手法について今後とも研究を展開したい。特に、種子は耕種農業にとって不可欠の投入財であり、種子の安定的調達を多様な立場にある農民・市民が行えるような制度構築を目指して、現状の法的・制度的分析と、事例研究を基にした今後の在り方についての研究を続けていきたい。
||| 教育の抱負 |||
グローバルな課題の解決にはローカルな活動が重要であり、学生一人一人の小さな行動が地域の変化を起こすことが可能であるとともに、グローバルな課題への取り組みの糸口であることを、座学・実習の両方を用いて伝えたい。
龍谷大学に赴任するまでは、開発途上国の農業・農村開発マネジメントの専門技術者や研究者を目指す学生を指導してきた。この分野には、今後とも非常勤講師や特別講義の形でかかわっていくが、今後の教育の対象は、持続可能な食と農を創り出す主体となる若い学生及び一般市民の方を主体としていきたい。
特に、日本の農業・農村は危機的状況にあるとともに、多様な生き方を模索する若い人たちの農村への移住などを通じて、農業・農村が21世紀以降の新しいライフスタイルの発信基地ともなっている。
このような動的な状況を、大学内のゼミ等で学生に伝え、特に少人数のグループ討論やフィールド訪問を中心とした学生自身が課題や可能性を見つけ出していく能力の構築に努めたい。
また、現在まで築いてきた研究・教育のフィールドであるエチオピア、ナミビア、ネパール、ベトナム、英国等の海外農村のみならず、京都、奈良、滋賀、静岡、宮城、長野等の農村・農家・NPO等との連携も深めていきたい。
自家採取されるアブラナ科の作物
(長野県下伊那郡)
||| 今後の研究の方向 |||
グローバルシステムを実現するには、オプション価値を重視するような従来の近代育種による金銭的利益配分と、農民が自らの意思で必要な作物の遺伝資源の利用ができるようなローカルなプロジェクトをファシリテートする非金銭的利益配分であるノンフォーマルシステムとの両方が必要であると考えている。
その中で、私は後者に力点をおいて研究を続けていきたいと考えている。国家レベルでの食糧の増産技術は水や土壌の条件の恵まれた地域で開発することが望ましいが、多くの途上国では必ずしも条件の良くないところでの食糧生産の向上及びリスクの分散を図る必要が大きい。
今後開発途上国を始め、先進国を含めた条件不利地等において食料主権に根ざした、持続的かつ参加型の食料生産が展開するには、作物生産に関わる全ての人が利用できる技術・制度の開発・整備が重要であり、個々の農民およびその社会が受容できる 技術開発の手法について今後とも研究を展開したい。特に、種子は耕種農業にとって不可欠の投入財であり、種子の安定的調達を多様な立場にある農民・市民が行えるような制度構築を目指して、現状の法的・制度的分析と、事例研究を基にした今後の在り方についての研究を続けていきたい。
広島農業ジーンバンクで船越氏にインタビュー